ご発表では企業による労働者の保護が第二次世界大戦以前の感染症流行を契機として進展したことが示されました。議論は日本の企業が労働者との関係をどのように見直していったのかという問題を中心に展開され、当時の経営者がどのような戦略を打ち出したのかに焦点が当てられるとともに、同時代のアメリカや中国でどのような対応が取られたのかにも目が向けられました。そして、感染症への対応を通して、労働者を保護する企業と、企業によって保護される労働者とのあいだでリスクを共有するという関係が構築されたことが論じられました。
ご発表を拝聴して印象的であったのは、感染症が個人のみならず企業をも「生きる」という実際的な問題に直面させるものであったということです。労働者の死は企業の「死」にもつながるわけで、労働者の命を守ることが企業が「生きる」ための緊要な課題であったことを知りました。そして、その対応の中で、合理性を重視して労働者の保護に向かう者と、実際的な問題としてだけでなくより理念的な立場からそれを行おうとする者とが経営者の中に出てくるのも興味深く思いました。長期的な視野を持ちながら実際的な生産を行う企業という存在がもたらす思考のあり方、また、それによって形成される社会のあり方や人のあり方に注意させられました。
危機の共有が社会を新たな形に変えていくことは先般のCOVID-19の流行を通して私たちが目の当たりにしているところでもあり、今回のご発表は私たちの社会が過去のいかなる経験の上に成り立つものであるのかに改めて意識を向けさせるものでありました。同時に、人文学の研究において特定の歴史的状況の中で形成される制度に注目することの重要性やその研究の可能性についても多くの示唆を受けました。
飛田英伸 (EALAI学術専門職員/総合文化研究科博士課程)